Tuesday 20 February 2018

Where is Point of View from

| |


























当たり前過ぎる事かもしれないが、自分の目の前に在るもの、現れたものに対してどれだけ大切に捉える事ができるかは自分の想像力と集中力によって変わる。今日食べる事ができた白米とキャベツの千切りと東京Xの生姜焼きとみそ汁と大根の漬け物。身につける事ができたアカミネ・ロイヤルラインの白シャツ、L.LBEANのメルトントラウザー、ハイカットのオーススター、古いベルト。展示会に足を運んで頂いた方々。外より寒いのではないかと思う古い小さな木造の自宅。一緒に過ごしてくれた家族の存在の大切さ。等々。

つい二日前に偶然出会った1940年代にデンマークで製作された2脚の椅子に感動して、自分の自宅での生活や仕事のスタイルの在り方を想った。昨日には既に完売になっていて、自分の物と対峙する際の集中力の無さと貯金残高の低さを悔いた。自分の目の前に在るもの、現れたものの大切さはそれがなくなってから初めて感じる事ができるという考え方も広くあるが、私たちはそれらの大切さに対する意識を常にもっと高めていかなければいけない時期にきていると思う。そうでなければ、人間1人1人が本来持っている豊かな感性が腐っていってしまう。自分の近くに在る人や物や体験がどれだけ有り難い ー有る事が難しいー ものなのか。この当たり前過ぎる視点は周りの人間にも、あらゆるものにも、現代服にも、もちろん過去の服に対しても同じだ。10年という時間、30年という時間、50年という時間は短い時間ではない。何人もの人間が1着の製作や保存に携わり時代や大陸を超えて今尚輝いている服が偉大である理由がここにある。更には大きな戦争を1つ超えてきたもの、即ち1940年代以前に製作されたものや、大きな戦争を二つ超えてきたもの、即ち1910年代以前に製作されたものの存在の意味合い、生存確立は異次元のものになる。1着1着の存在は決して当たり前ではない。何処か遠くへ行ってしまった2脚の椅子を思い出してこんな当たり前の事を思った。





1970's British Royal Air Force Jacket "Restitched Hemline" " Rare Color" : LILY1ST VINTAGE
Stockist : INSIDE MY GLASS DOORS >>> https://www.insidemyglassdoors.com
Photograph : Hiroyuki Nakanishi >>> http://nakanishihiroyuki.com